2014年11月30日日曜日

11月の定点観測

そろそろ、暖房が欲しい季節になった。

まだ、ストーブで部屋全体を暖めるほどではないが、作業用デスクの下にはオイルヒータを設置しているので、まるで炬燵のように塩梅が良い。

だが、そのせいで外に出るのが億劫になり、それどころか席を立つことさえ面倒になっている。もう手の届く範囲外には用はない、と宣言したいぐらいである。

今月も先月と同様に、切羽詰まってしょうもない雑談に乗せた、土壇場のキリンビール11月号だ。


学生時代、冬の下宿部屋には炬燵と敷きっぱなしの布団というのが定番だった。

狭い狭い貧乏下宿では、暖房器具としての炬燵は鉄板であり、季節を問わず炬燵が出たままの部屋で、扇風機が真夏の熱風を撹拌しているシュールな光景もさほど珍しくはなかった。

暑さに負けて、近所の喫茶店に涼を求めて出掛けることもあったが、今思えばあの頃の珈琲代は光熱費として計上されるべき項目だったろう。

多少アクティブに動き回れる夏場と違い、冬場の行動範囲は著しく限定される。主たる機動力は単車だったし、風呂もない自炊生活者にとって雪でも降ろうものなら、もう冬眠生活と言っても過言ではないのだ。

快適に過ごすために必要なモノは、全て手の届く範囲半径1m以内に配置するのだ。如何に動かないで済むかをメインテーマに、結構マジで臨床研究が行われ、そして実施される。

ぶっちゃけ、冬季のグータラ学生は、ほとんど冷蔵庫とトイレを繋ぐパイプの役割しかしていないのである。(これは、かつて読んだ小田嶋隆の著書からの引用だが、実に言い得て妙であるな)

携帯電話などもちろんない時代、公衆電話さえも設置されておらず、せいぜい隣接する大家の自宅電話により呼び出される以外は、外界との接点もない。

そんな、いわゆる学生下宿から一般のアパートに移ってからはそれさえもないので、自ら積極的に行動を起さない限り、孤立無援の世界が展開される。

ましてや、パソコンやネットもない上に、主に経済的な理由からテレビさえもないので、世の中の動向を知る術は専らラジオのみである。

これといったイベントもない平日の昼間は、ひたすら睡眠に充てられ、日が暮れて空腹のあまり目が覚める頃から、日常生活がスタートする。

宵の口は、音楽中心の FM 放送をカセットテープに録音する作業に専念する。音楽のみを集めたライブラリ作りのためには、放送を聴きながら録音ボタンに全神経を集中させる必要があった。

長時間に及ぶと結構しんどい作業だが、極力ダビング編集に頼らず音質劣化を回避するための細やかな対策だ。

放送スケジュールを掲載した雑誌が発売される頃までは、そんなアホらしい作業を続けていたのだが、さほど苦にはならなかったし、それも楽しみのひとつだったように思う。

その後、オーディオタイマーと呼ばれる電源コントロール機能を持った機器を手に入れてからは、カセットデッキのオンタイマー機能を合わせた、留守録で済ませることが多くなっていった。

ただ、当時の関東地方をエリアにした FM 東京では、ゴールデンアワーにあろうことか通信高校講座を放送するという、怠慢な学生に対する嫌がらせ戒めのような番組編成になっていた。

従って、留守録の機能が使用されるのは、主に昼間の時間帯に限られており、その機能もあまり有効に働いていたとは言い難い。(だいたい、寝ているだけで厳密には留守ぢゃねえしな)

世間が寝静まった頃、深夜の楽しみは AM ラジオから流れる、ディスクジョッキーと呼ばれる連中の他愛のないお喋りと音楽である。午前1時から早朝5時まで放送される深夜放送も、当初はリアルタイムで聴いていた。

60年代後半から70年代初頭にかけては深夜放送が全盛の時代であり、数多ある放送のどれにチューニングを合わせるかは、趣味や嗜好によって人それぞれであったろう。

個人的には、パックインミュージックという番組を、特に午前三時から始まる、その第二部を好んで聴いていたように記憶している。

当然、そんな怠惰な生活を続けていれば、いつかはあちこちに支障が出てくるものであり、何らかの対策を講じる必要もあった。(出席日数とか、肥満とか、神経痛とか、まあだいたい主にアホが被る支障だな)

カセットデッキ以前に持っていたテープレコーダでは、録音できる時間が限られており、最長120分のテープを使用しても、その片面60分が限界である。

10号リールのオープンデッキを深夜放送のために調達する気合いも金もないので、せめて2時間、できれば4時間にも及ぶ長丁場に対応できる録音機材欲しかった。が、当時の貧乏学生にとって、夢のまた夢でしかない。

オートリバースのラジカセが発売されたのが、いったいいつの頃だったかは覚えていないが、その頃には音質に対してあまり考慮されていない機器にも、たぶん深夜放送にも、興味は失っていたのだろうと思う。

それでも、午前三時スタートの木曜パック第二部の後半だけは、寝る前に録音開始して録り溜めしておいたカセットテープが何本かはあったはずだが、今となってはその行方さえ全くわからない。

何かと要求が実現する時期というのは、必ずしもベストタイミングにはならないことが多いものである。

前述のオーディオタイマーも、カセットデッキにもビデオデッキのような時計が内蔵されてりゃ、ほとんど必要のない機器であったはずだ。しかし、それが実現するまでは、かなりの時間がかかったような気がする。

インターネットが普及し、望めば24時間いつでも好みのエンターテイメントに接することが可能になった現在、あれほど情熱をかけて何かに没頭することは少なくなった。

ところが、最近かつての深夜放送を録音した動画(といっても、もちろん内容は音声のみだが)を Youtube で発見したのである。

浪人パックとかそこつパックと揶揄された、馬場こずえのパックインミュージック(74年頃)と、その後に放送された、こずえの深夜営業(78年頃)である。

実に、40年ぶりに聴いた彼女のそのけたたましい笑い声に、懐かしさのあまり涙が出るほど感激してしまったのだ。

端から見れば無駄の極地でしかない、そんなくだらねえことに久々に時間を費やしてしまったことも、更新が滞りがちな理由のひとつであったことは間違いない。

だが、最近では滅多にない、至福の時間であったことも紛れもない事実なんである。


…ということで、来月もヒトツよろしく。
2014年11月某日 Hexagon/Okayama, Japan

http://www.hexagon-tech.com/
[2014.11.30] 11月の定点観測 〜より転載&加筆修正
なお、本家には余談と写真も多数貼ってあるので、こちらもヒトツよろしく

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