2011年8月25日木曜日

ついに来たか

残念ながら、ついにその日が来てしまった。
(以下、よそんちから引用)
アップル取締役会およびアップルコミュニティへ
私は以前から、アップルの CEO として自分の職務を果たせず、期待に応えられない日が来た場合、最初に皆さんにお知らせすると述べてきました。
残念なことに、その日が来てしまいました。
私はここにアップルの CEO を辞任します。
取締役会が認めてくれるのであれば、取締役会会長、取締役、アップルの従業員として留まりたいと思っています。後継者計画に従い、私はティム・クック氏をアップル CEO に指名することを強く推薦します。
アップルの未来には輝かしく、革新的な日々が続くものと信じています。そして、新たな立場でその成功をを見届け、それに貢献したいと思います。
私はアップルで、幾人もの生涯の友を得ました。私は皆さんと共に長年働くことができたことに、心から感謝しています。
スティーブ
*

天気予報みたいな暇ネタを書いている場合ではなかったのだが、…だいたい、ロクでもないネタを書いているとアップルから重要な製品発表があったりするのは、従来からのパターンというかお約束のようになっている。
会長職(常々よくわからん役職の筆頭なんだが、出勤しなくても金がもらえるってこと?)には留まるそうなので、権力を手放す気はさらさら無いようだ。
ちなみに、会長になっても年棒1ドルなのかどうかは不明。
ま、アップルの会長という、もうこれ以上はない上から目線で、今までどおりブイブイ言わせてくれるものと期待しよう。


[2011.08.25] ついに来たか〜より転載&加筆修正

2011年8月24日水曜日

天気予報

Mac OS X Lion ver. 10.7.1 (11B26)

最初のマイナーバージョンアップが行われたライヨンであるが、相変わらずモ〜ボ〜ミィやら iWeb がらみの不可解な挙動は改善されないどころか、どんどん不具合を連発している。(同期息切れ眩暈)
Mac OS X Lion とは直接関係ないが、ダッシュボードの天気予報(Weather)の設定で出雲(Izumo) で検索をすると、島根県出雲市ではなく新潟県三島郡出雲崎町しか表示されない。
県庁所在地である松江市に次ぐ県内で2番目、山陰地方では4番目の人口を抱える総人口 143,521人、面積 543.48km² の出雲市をさしおいて、総人口 4,866人 面積 44.38km² の出雲崎町(いずもざきまち)が、…である。
出雲崎町といえば良寛の出生地であり、松尾芭蕉の奥の細道にも登場し、ジェロの海雪の舞台にもなったそうだが、出雲市にだって出雲大社や日御碕神社があるし、かつては天照大御神や竹内まりやが住んでいたこともあると聞く。
で、どうやっても出雲市の天気予報を表示させることが出来ないのだが、松江が近いんだからそれで我慢しろということだろうか。
最新の Mac OS がインストールされたピカピカの Mac を購入して、ダッシュボードを設定するご当地出雲市在住のマックユーザはムカついていると思う。
単にヤッホ〜がバカやろうなだけといえばそれだけのことなんだが、OS に標準添付されている機能としては、その恨みは必然的にアップルに向けられることは避けられない。
たぶんその気になって探せば、なんでオラが町の設定がねえんだ、というユーザは少なからずいると思う。
天気予報系に限らずダッシュボードのウィジェット(Widget)なら、アップルのダウンロードページに多数掲載されているので、上記に該当する方は以下を参照のこと。
ま、別に新潟県に恨みがある訳ぢゃないし私自身出雲市民であったこともないのだが、何事もバランスには配慮してほしいものだ。


[2011.08.24] 天気予報〜より転載&加筆修正

2011年8月11日木曜日

祝:株式時価総額、世界一

いやあ、ついにやりましたなあ。

株の世界なんぞよくわからんが、なんでも世界一といえばたいしたものだ。記念事業などとは無縁の企業体質だから、それが何か、ってなもんだろうけど。

しかし、アップルの歴史を知る者にとっては、あまり業績が好調になり過ぎても不安になる。だいたいが、マイナーでニッチでネガティブなパワーで技術革新を実践し、尻に火がつきそうなビハインドな状況でこそ力を発揮するような企業なんだから、あまり余裕が出来過ぎ君になるとロクでもないことをやりだすのが心配だ。

アンチからは、そろそろ大コケな何かをやらかすのではないか、と期待を集めているらしいが、ひょっとしてそれは、ライオン? 巨大データセンター?それとも、宇宙船の新社屋? …はたして、なんだろうか。

この好調な業績も、スティーブの帰還以来では初めてのことなのでだいぢょうぶだとは思うが、いちおう現在は名目上療養中のため不在ということになっているわけだし。

何処にいようと構わないが、目だけは光らせていて欲しい。せめて、当面の課題である iCloud がまともにスタートするまでは。

もちろん、その後は元気に復帰して、あんな案件やこんな懸案事項など、今まで以上にブイブイいわせてくれるものと信じている。

2011年08月某日 Hexagon/Okayama, Japan
[2011.08.11] 祝:株式時価総額、世界一〜より転載&加筆修正

2011年8月9日火曜日

画面サイズと解像度

MacBook Air (Mid 2011)、巷で評判が良いようだ。

主要メディアの記事では、主にハードウェアスペックに関する称賛が多いようで、前モデルとの比較で語られることが定番のようになっている。

また、新しいモデルの比較でも、ディスプレイサイズを筆頭にやはりハード面ばかりを比較することで、無理やり用途別に分類しようとする傾向は相変わらずで、あまり新鮮味はない。

もっと、新 OS X Lion との組合わせにより得られるメリットなども、総合して評価されるべきであると考えるが、まだそのような切口で書かれたものは少ない。かえって個人のブログ等の方が、各ユーザごとの実際に使用感にもとづいて書かれているので、より現実的な視点のように思う。

ただ、11インチを選択したユーザは実際以上に 11インチを称賛し、13インチを選択したユーザもまた逆も真なりで、それはもうすでに視点が違うのだから致し方あるまい。

我が子が一番可愛いに決まっている。

しかし、13インチに対して 11インチの画面サイズを欠点のように語っている記事も見受けるが、これはどう考えてもおかしな話だ。

11インチモデルのメインコンセプトは、できるだけサイズを抑えて軽量化しつつも、性能面での妥協点を極力高いレベルに留める、であると個人的には勝手に理解している。

あのサイズと重量で、13インチモデルと同等以上のサイズの画面を持った機種が現実に存在するなら、これはもうアップルの精進が足りないと断言できるが、無い物ねだりの駄々を捏ねてもしかたあるまい。

中には、画面サイズと解像度を混同して 13インチモデルの方が高解像度であるかのような記述もあるが、解像度とはインチ当たりの密度であり総画素数や画面サイズとは無関係である。

解像度に関して言えば 13インチの約128ppi に対して、11インチモデルは iPad や MacBook Pro 17 インチモデルと同等以上の約135ppi である。結果、現状の Mac OS の初期設定では、画面に表示される文字が小さい。

Model         Size Horizontal Vertical    ppi
iPhone           3.5     640     960      329.65
iPad, iPad 2     9.7     768    1024      131.96
iMac 27         27      2560    1440      108.79
iMac 21.5       21.5    1920    1080      102.46
MacBook Pro 17  17      1920    1200      133.19
MacBook Pro 15  15.4    1440     900      110.27
MacBook Pro 13  13.3    1280     800      113.49
MacBook Air 13  13.3    1440     900      127.68
MacBook Air 11  11.6    1366     768      135.09
LED Cinema 27   27      2560    1440      108.79
[参考:画面解像度]

しかし、これは一概に欠点ではあるとは言えまい。単に設定を変えればいいだけのことだ。

私の場合、Safari や iWork、テキストエディットなど文字の表示サイズが関係するアプリの設定は、従来ヒラギノ明朝14ポイントを標準設定にしていたが、MacBook Air ではもうひとサイズ大きく16〜18ポイントに変更した。

境目がどこなのか個人差はあるだろうが、OS X Lion を前提で考えた場合、画面の使い方がそのサイズによって変わってくると思う。

作業の効率的な進め方という点においても、テキストエディットなどで文章を書く場合 27インチ画面でもフルスクリーンモードがベストである、という人は少ないと思う。そのせいか(たぶん、ちがうと思うが)、現行バージョンのテキストエディットでは、フルスクリーンモードはサポートされていない。

作業に集中しやすいという点では、広大な iMac の 27インチ画面より MacBook Air の11インチの方が向いている場合もあるし、必ずしも大は小を兼ねるとは限らない。

なんでも、デカけりゃ良いってもんでもないのだ。

もちろん、デカいものにもそれなりのメリットはあることは否定しないが、実際この原稿も iMac 27 の前に置いた MacBook Air で書いているぐらいだ。傍目にはかなり滑稽な図であることはわかっているが、現実にその方が集中できるのだから仕方があるまい。

さすがに、iWeb を11インチで使うのは難行苦行の世界になるので、テキストエディットで本文だけ書いて、Air Drop を使い iMac へ「ポエッ」と送ってやる。

27インチだと iWeb でのレイアウトもラクチンで、参照ファイルや辞書の類いなど多くのウィンドウを開いていても、十分なエリアが確保できる。

(iWeb といえば、毎回毎回更新もしていないページまでアップロードしようとするバグには閉口する。ファイル形式の互換性の問題かと思い、iDisk 上にある当該のフォルダを削除して、再度全ページをアップしてみたがまるで改善しない。

それどころか、今度は毎回すべてアップロードするだけでは飽き足らず、アップしてもアップしても公開していないページがあると警告が出る始末。もう見捨てた iWeb なんぞ修正する気もないのだろうが、このあたりもアップルお得意の手抜きといわれる所以であり、まったく腹立たしい限りである。)

そんな、使い分けで十分活躍している MacBook Air であるが、ミッションコントロールとフルスクリーンモードを駆使すれば、内容的には iMac でやる作業とほぼ同等のことが、出先でもできるのはありがたい。

以前の MacBook 13 に LED 島根24 という組合わせでは、作業環境はさておき多少パワーに不満を感じながら行っていた作業も、役割分担をキッチリ分けることで格段に効率的である。

iMac 27 は、Thunderbolt ケーブルで MacBook Air を接続すれば、⌘+F2 でいとも簡単に Thunderbolt Display に化ける。さすが純正と言わしめる快適組合わせの効果で、用途に応じた使い分けに貢献している。

一例を挙げれば、パワーと時間はかかるが、途中で積極的にかかわる必要がないビデオエンコードなどはバックグラウンドで iMac にまかせて、ディスプレイ部分だけを MacBook Air で使うといった流れである。それぞれの作業に独立したプロセッサを持つメリットは大きく、Core i7 なら大画面でももたつくことはない。

単体での使用においては前述の集中度という点に関して、iMac と MacBook Air では基本的なアプローチが多少異なる。Macに対する距離感とでも言うか、物理的な話をすれば自分の目と画面の距離が異なるのだ。

視野角にも関係するが、27インチの画面を見る場合はおのずとふんぞり返って、70〜80センチぐらいの距離をとる。ところが、11インチだと通常でも 40センチ前後、興奮してくると集中してくると前のめりで 25センチぐらいまで寄っていることもある。

画面解像度でいえば、iMac 27 インチは 109ppi 程度に過ぎないのだが、同じ設定だとファインダ上のメニューバーの文字やファイル名などは MacBook Air より iMac の方が小さく見えるぐらいで、初期設定での文字サイズはそれほどデメリットには感じない。

そのような背景により、個人的見解では 13インチに対する 11インチの画面サイズの問題など、目くそ鼻くそ以下の差でしかない、たいした問題ではないのである。

したがって、身も蓋もない言い方をすれば、自分の気に入った方を選択すれば良い。そもそも、他人の意見を参考にしようなどと主体性のないことを考えてはいけない。

たいていは、自分と同意見のバイアスがかかった記事や個人の見解に接して、誰かに背中を蹴飛ばして欲しいだけで、どうせどっちにするかはもう決まっているんだから。(私の場合は…そうだ)

どうしても物理的な画面サイズを求めるなら、13インチモデルを選択したところで問題は解決しない。妥協などせず、思い切って Apple Thunderbolt Display を奢ってやるという力技が必要だ。

こいつがあれば、11インチでも13インチでも、たとえ 17インチであっても関係ない。なんなら、これを二台買って会社と自宅に置いておけば、大方の問題は解決する。

ついでに、MacBook Air SuperDrive と Magic Trackpad または、Magic Mouse にキーボードもこの際ど〜んと二台ずつだな。おお、ここはひとつペガサスもいっとくか、わお〜。

…と、つい興奮、もとい集中してしまったが、これなら金銭以外については無い物ねだりにはなるまい。

単純に、いわゆるひとつの金で解決できる問題に過ぎないのだから。

それなら iMac 27 を二台と iPad でも買ったほうが安いんぢゃないかと、予算面において鋭いツッコミもあるだろう。また、Apple Thunderbolt Display を絡めるなら、Mac mini という選択もある。

たしかに真当な選択かもしれないが、数値だけでは測れない問題もあるし、だいたいそれでは話が面白くならない。

たとえば Mac mini、13インチモデルに着目して重量だけ比べると Mac mini の方が軽いが、あまり持ち歩く気にはならないと思う。用途にもよるが、スペックシート上の数値だけではわからない「持ちにくさ」という局面も考慮に入れなければならない場合もある。

たしかに、費用面では多少のデメリットもないわけではないが、データの共通性を持たせるのは楽だし、ご本尊を持ち帰ることで、セキュリティ上の問題もある程度解決できる。(通勤途中で紛失、というのはこの際ナシね)

加えて、出先での作業も含めたモバイルという観点から iPad ではいまひとつという方は、マジで検討してみる価値はあるだろう。

ま、iCloud のサービスが始まったら、両者の違いは微妙かもしれないけどね。


2011年08月某日 Hexagon/Okayama, Japan
[2011.08.09] 画面サイズと解像度〜より転載&加筆修正

2011年8月7日日曜日

スペック

なかなか理想に近づかない MacBook Air、今回も価格の割にイマイチなスペックである。

たしかに、以前のような高価格な割に貧相なスペックから、そこそこな価格で赤貧もとい清貧なスペックに変化はしたものの、はたしてこれがアップルの考える最良の製品なのだろうか?

てな書き出しで、昨年10月に MacBook Air (Late 2010) モデルが発表されたとき、そのスペックについてひとこと文句を書いてやろうとしたのだが、結局その原稿はボツにした。

新製品発表後の今、こんなことを書くとネット業界でよくある釣りの記事みたいだが、ネガキャンを展開するつもりは毛頭ない。

2006年当時、PPC から Core Duo、Core 2 Duo に移行された後、2010年までの4年間は目立ったクロックアップもなく、大きく処理速度が改善されないプロセッサであったが、昨年の Mac mini を最後に、徐々に新しい Core i シリーズが採用され始めた。

一般ユーザレベルには、SandyBridge や Nehalem はおろか、マルチコアとマルチスレッドの違いもよくわからん話だが、アクティビティモニタの CPU の欄を見れば、なんか数が多いぞという程度には理解できる。

振り返ってみれば Mac mini という機種、最初のモデルも PPC G4 だったり、Intel プロセッサ移行後も Core Duo や Core solo だったりと、毎回不遇な扱いを受けている。

たぶん、製品発表のタイミングだけの問題だと思うが、アップルとしてもテストケースとして実験台にしているのではあるまいか、とも思える。

最近のアップル製品の中でも、筐体デザインが刷新されたからといって、おいそれとは手を出せない危ないモデルの代表になっている。(去年手を出してしまったけど)

たとえ中身が大きく変わってもデザインは変えないというのは、ウラをかえせば前回、中身がたいして変わらないのにデザインを大きく変えたから、必然的に起こり得る事象なのかもしれない。

とりあえず、昨年は買えもしないモデルについてあまりボロクソに貶すのも如何なものかということで、ボツにした MacBook Air であるが、全部入りのMid 2011 モデル、とても快適ですハイ。

その一端を OS X Lion の新しい機能が担っていることは間違いないのだが、iPad と比較するたびに、Mac OS が過負荷になり過ぎているような気がしてならない。(火事が燃える的表現だな、こりゃ)

今後のアップデートでは、せっかくのハードウェアスペックを OS が食い潰してしまうことのないよう研鑽に心がけて欲しいものだ、…と、一応年寄らしく苦言を呈しておこう。

しっかしぶっちゃけ、iPad と MacBook Air 2枚持って出ても、以前の MacBook 13 インチよりまだ軽いんだから、恐れ入る。

何気なく2枚と書いたけど、ホントに2台でなく2枚という感じだからね〜。

わお、8月号すげえな、ちょと飛ばし過ぎの感ありの、もう四記事めだぜぃ。

2011年08月某日 Hexagon/Okayama, Japan
[2011.08.07] スペック〜より転載&加筆修正

2011年8月6日土曜日

ライヨン:もう少し

何やかやで、前回、前々と OS X Lion の欠点ばかりを書いてきたが(ていうか、毎回だけど)、あたりまえだが良い点もないわけぢゃない。
良いところがなけりゃ、誰もこんなもんインストールしない。
で、今回はライヨンの良いところを、もう少し。

[スポットライト(Spotlight)について]
従来検索結果には、ファイルサイズに関する項目が欠落していたが、今回からやっとサポートされた。
ファインダ上でのファイルサイズ計算は相変わらず遅いものの、検索項目にファイルサイズによる設定がありながら、結果にそれを表示しないなどという不条理な仕様は解消された。
しかし、ファイル情報に関する項目中でも、重要な要素と思われるファイルサイズの取得に、なぜかように手間がかかるのか、理解に苦しむ。事実、サイズで検索できるのだからインデックス作成時に、そのての情報はデータベース化されていないはずはないのだが。
だいたい、コピーする時にファイルサイズは表示されるにもかかわらず、ファイル情報として参照しようとすると、どうしてあのように待たされるのか。
ファインダでファイル情報を取得するのはまるで、役場の窓口で何かの手続きをしているような気分にさせられる。
おっと、良いところを書くつもりが、またいつもの癖で、…。

[ショートカットについて]
ショートカットの設定とコンテキストメニュー(右クリで表示されるサブメニュー)には関連があるようだ。
システム環境設定内のキーボード項目にあるショートカットに関する項目には、眩暈がするほど選択肢が与えられている。およそ、選択肢がないと文句をいう輩に対して、嫌がらせとしか思えないくらい数多くの設定項目があるが、それでも分類されているだけ、”Spotlight” の検索属性の設定よりは幾分マシである。
明確な理由は定かでないが、なぜかライヨンでは “Spotlight” のチェックがデフォで外されている。このチェックを戻すことで、件のコンテキストメニューに “Spotlight” が表示されない問題に関しては、一応解決する。
マイファイルを優先したいための誘導だと察するが、過去のインターフェイスとの繋がりにも多少配慮して欲しいものだ。
そして新たにデフォルトで追加されたのが、「スポークントラックとして iTunes に追加」という、日本語圏のユーザにはあまり意味のない機能である。
スポークントラックとして…云々は、以前からサービスメニューに存在はしていたが、チェックは入っていなかった。
もとより、シンプルテキスト時代から伝統的に存在する意味無し機能であり、ローカライズする気がないなら、これ見よがしにわざわざ入れる必要もないだろう。
で、まさかと思い、システム環境設定のスピーチにある「テキストの読み上げ」を開いてみたら、なんと日本語のキョウコさんが選択できるぢゃないか!
一瞬、京都さんかと空目したが、まちがいなく “Kyoko” さんである。
なぜか、プリインストされていないので、選択してからダウンロードが始まる。少し時間がかかるが、設定後アプリを起動し直すと、ちゃんとしたタドタドしい日本語を話してくれる。
あまり長文は得意ではないようだが、これは、ちょっと感動。
(アップルジャパンもやればできるぢゃないか)

[再開/オートセーブ/バージョンについて]
新 OS での一番のウリである(ハズ)のファイル管理システム
従来の、というか過去何十年にもわたって、コンピュータソフトウェア上では当たり前であった、ファイル保存の概念を全く変えてしまう、…かもしれない、鬱陶しくもありがたい機能。
この厄介な機能の挙動をまとめると、要するに新規に作成された書類は、それを閉じる時に「保存しない」を選択しない限り必ず保存される。
ライヨンでは書類を閉じるという行為にも、新たな定義が必要になる。
書類を開いたままアプリを終了しても、システムを終了しても、たとえ電源を落としても、もっといえばたとえ停電になったとしても、そのアプリケーション上で閉じない限り、書類を閉じたとは認められない。
すなわち、作成をはじめてから一度も保存したことのない書類、または修正をしてから一度も保存したことのない書類もすべて、勝手に保存される。
ファイル名なんぞ、あろうが無かろうが関係ない。
アプリ終了時も、システム終了時も、編集途中の書類を開いたままであったとしても、「変更を保存しますか?」などとは、絶対に聞いてこないのだ。
それでも、次にそのアプリを立ち上げると亡霊のごとく開かれてそこにある、という不気味な怨念をもった機能である。
この保存したことのない書類を削除しようにも、ユーザの見えるところにはファイルとして存在しないから、捨てることも出来ない。どうしても捨てたい場合は、書類を閉じるしかない。そこで「保存しない」を選択すると、やっと成仏してくれる。
気味が悪かったら、あえて名前を付けて適当な場所に保存してから、ゴミ箱に持っていき、「確実にゴミ箱を空にする」を選択するのも良いだろう。(無駄なプロセスだけど、心理的には多少、…)
また、一度でも保存した書類はどのように編集加工されても、閉じない限りまた開かれるし、閉じる場合も保存するかどうかは聞かれない。
気休めに、⌘+Sで保存してやれば、その時の状態をひとつのバージョンとして記録され、気が変わったら、いつでも以前のバージョンに戻すことができる。
これは、以前メモ用紙アプリの絶対条件に何度か書いてきたことをほとんど網羅している。 テキストエディットで保存したテキストファイルが、プレビューで開ければドロワーもどきもあるので、メモ用紙の代用ができそうなものだが、残念ながらできない。 
しかたがないので、クリッピングテキストをメモフォルダというフォルダにまとめて、検索をかけることで代用しているが、ページの概念がないからイマイチである。
しかし、こんな甘えんぼうさんな環境に慣れてしまうと、古いシステムは恐ろしくて使えんなあ。
ま、オートマでパワステ・パワーウィンドウ、ABS とエアバッグにトラクションコントロールまでついて、おまけに電池で動くような車でないと乗れないというのに似ている。
ちなみに、私の車には上記のどれひとつさえも付いてない…、余談である。
 
現状では、いまだ iMac では大画面を生かして極力従来の機能の延長で使い、MacBook Air では積極的に新しい機能を享受する、といった使い分けをしている。
まだまだ、掘り起こせていない機能も多々ある現時点では、欠点ばかりが目立ってしまう。
しかし、明らかにバグと思しきロクでもない挙動も散見されるものの、いずれそのうちに、たぶんフィックスされると考えれば、なかなか革新的な新 OS ライヨンである。
コイツに慣れてしまうと、もう後戻りは難しいかもしれない。
2011年08月某日 Hexagon/Okayama, Japan
[2011.08.06] ライヨン:もう少し〜より転載&加筆修正

2011年8月4日木曜日

ライヨン:その後のあと

何やかやで、着陸点どころか、墜落を回避するのがやっとで、もう不時着しかない状態であるライヨン。
そういえば、10年ほど前にもこんな気分になったのを思い出す。
忘れもしない 2000年10月21日、新宿高島屋で購入した Mac OS X Public Beta を持帰り、早速インストールした時の感覚と似ている。
え〜っなにこれ?こんなモン使いものになるのか?
ま、あの時ほどのショックはないが、早々に Mac OS 9.2.2 に戻した憶病者も周りには何人かいたのは事実だ。
フルバックアップが入っているハードディスクをぼんやりと眺めながら何度か、スノレパに戻すなら早いほうがいいよな、いろんなデータが更新される前に戻したほうが面倒がないよな、とりあえずライヨンは外部ドライブにでも組んでおいて当面はスノレパな環境で…。
いやいや、そんなことでどうする。これからの10年の入り口に立っているんだから、後に引くわけにもいくまい。ここはヒトツ、勇猛果敢にジャングルの奥深くまで前へ前へ、である。
てなわけで、頭をよぎる不安と後ろ向きな誘惑を跳ね除けて、タイムカプセルも再設定しました、新しいライヨン環境で。
ライヨン総括:
OS X Lion にしてよかったこと
◎MacBook Air での操作性向上(対スノレパ比較)
以上
OS X Lion にしなけりゃよかったこと
●動作が緩慢(対スノレパ比較)
●UI デザイン上の機能後退
●設定項目における矛盾および不一致
●相変わらず改善されていない点が多い
●初期設定での不可解なトラブル
●MobileMe 関連の非互換性および操作性の悪化
上記以外に多数あり(以下後述)
---------------------•---------------------
●動作が緩慢(対スノレパ比較)
スノレパになった時、最初に感じた魅力は、プレビューなど純正アプリの反応速度が、劇的に向上したことだ。
また、簡易ではあるが写真のカラー調整機能や PDF および PNG ファイルに対する追記機能など、従来グラコンやフォトショなどのグラフィック専用ソフトで行っていた作業の大半がおまけのプレビューででき、なおかつその動作が他の何より機敏でなのであった。
しかし、OS X Lion になってから、主に見せるための機能強化により動作が緩慢である。その傾向はファインダによるファイル操作にもおよび、全般の操作性が低下している。Sandy Bridge をもってしてもなんとなくモタつくのは、いかがなものかと思う。
●UI デザイン上の機能後退
ただ単に見せかけだけの類似性を装ったとしか思えない Launchpad を筆頭に、広い画面を持つデスクトップ機まで整合性を取ろうとする努力が足りないと思う。 
Launchpad もドックのかわりに使うのなら、わざわざ非表示に設定しているドックを表示させる必要はないし、キーボードでアイコン選択が出来ないとタッチパネルでない機種にはお飾りにしかならないと思う。
順序を設定する場合も、iOS と同様のトコロテン式の配置も設定しづらいだけだ。いっそグリッドに沿った整列か、後述の複雑怪奇な表示設定の一部機能でも取り入れて、半自動で整列後、マウスで複数アイコンをまとめて移動ぐらいは出来ないと、その設定自体ユーザにとっては苦痛でしかないだろう。
だって、ファインダ上でも似たような設定はするのだから、できれば二度手間になるのは避けたいし、それが使う気にならない程度の機能しかないならなおさらである。
ちなみに、Launchpad のアイコンはドックから取り除いても取り除いてもゾンビのようにドックに戻ってくる、不屈の精神をたたき込まれているようで、視界から消すのは一筋縄では行かない。(多分アクセス権の不具合が原因だと思うが)
ファインダについては新しくデザインされたサイドバー、従来と順序が変更され一般ユーザにとってより優先されるものが上の方に来るようになっているが、その設定を変更できないため必ずしも使いやすくはなっていない。
上と下という単純な発想では、上が優先順位が高いと考えがちだが、それはある一定以上の大画面に対しては通用しない。
かえって真ん中当りの方が使いやすかったりするものだが、当然 27インチの iMac の画面では優先されるはずの「よく使う項目」というのは、大画面のはるか上方にあり、必ずしもアクセス性が良いわけではない。
また、階層構造を意識する必要がないという上から目線の押し付けにより、理にかなわない順序で展開されるサイドバーは、「よく使う項目」そのものが格納されているはずの、起動ドライブとの間を「共有」という項目に分断されている。
従来の上から、ディバイス/共有/場所/検索なら、より下に配置された項目を優先したい時は、上位項目を閉じることによって上に持ってくることも、使いやすい中ほどに表示させることも可能であったが、最初から上に固定されてはそういったアレンジのしようがない。
結局、ウィンドウ自体をある程度使いやすい位置まで下げてやるのだが、ポインタはメニューバーとの距離を行き来する無駄なストロークを余儀なくされる。
ユーザによるカスタマイズ機能を残してくれていたら、その印象はよいモノにもなり得たのだが、ガチガチの固定機能であるためにどうしようもない。
また、場合によっては頻繁に使用するツールバーの表示/非表示が、ボタンが消えたことで右クリックおよびショートカットだけになり、非常に不便である。ツールバーのアイコンも「小ささサイズを使用」が省かれ、これまたカスタマイズできない。
サイドバーの幅が変更できるのは良いが、ポインタをうまく合わせないと変更できない上にその動きもトリッキーでスムーズではない。
どうせ、フルスクリーン関連のボタンを配置するのに苦慮したあげく、表示/非表示ボタンを犠牲にしたのだろうが、もう少し犠牲の少ないスマートなやり方を思いつかなかったのだろうか?
機能を減らせば操作性がシンプルになると考えるのは、あまりにも短絡的で芸の無い発想である。
それによって、操作が複雑になることまで考えて欲しいモノだが、この辺が手抜きと言われる所以ではないだろうか。
だいたい、スノレパでもそうだが右クリックで表示される「ツールバーを隠す」を左側にあるチェックで選択させるインターフェイスは根本的におかしい。本来は、表示されていれば「ツールバーを隠す」で表示されていなければ「ツールバーを表示」とするべきだろう。
もともと、チェック(チェックボックス)というのは選択肢が複数ある場合に使用されるものであり、二者択一の場合はラジオボタンというのが伝統であったはずである。
スノレパで重宝していたのが、ファインダを含めてどのアプリでも選択したテキストを「Spotlight で検索/Google で検索」を選ぶことができたのだが、OS X Lion では「Spotlight で検索」はできない。
かわりに「〜を調べる」という機能で、わざわざ辞書アプリを標準添付しておきながら狭い範囲でしか表示されない辞書表示のみの選択肢になってしまい、Spotlight と同様に辞書アプリにもコピペしないと使えなくしてしまう始末。
ユーザに選択肢を与えないのは、アップル古来からの伝統みたいなものだが、使い勝手を悪くしては本末転倒であろう。
一体何を考えているんだろうか?
どう考えても、アホとしか思えない。
[08/06:追記]
システム環境設定内のキーボード項目にショートカットに関する項目がある。毎度ここを開くたんびに、眩暈がするぼど選択肢は与えられているのだが、よく見るとサービスの検索項目にある “Spotlight” のチェックがデフォで外されている。
ショートカット(Shift+⌘F)自体は、マイファイルとモロにバッティングしているが、無視してチェックを入れてやれば、右クリで表示されるサブメニューの下の方に申し訳程度に “Spotlight” は表示され機能する。
しかし、「辞書で調べる」のチェックは入ったままなので、それを外そうがショートカットを割付けようが、何が何でも前述の狭い画面の「〜を調べる」は従来の辞書アプリへ検索語句を受け渡すことはできない。

[08/18:追記]
…と思ったが、辞書名をクリックすることで辞書アプリで参照できる上に、テキストエディットと同様に縦書きも指定できるので、それほどアホでもない。おそらく、フルスクリーンモードでの使用に焦点を合わせた仕様変更と考えられるので、慣れるしかあるまい。
したがって、選択肢を与えないという表現は必ずしも適切ではないかもしれないので、ここに前言を撤回し訂正します。
ファイルの扱いでは、従来コマンド+シフト+Sに割り当てられていた、名前を変えて保存という機能が消滅した。
変わって登場したのが、バージョンを保存とという聞きなれない機能で、これが保存のコマンド+Sに割り当てられた。
ただ、写真などを加工してオリジナルとは別に保存しておきたい場合など、わざわざ複製を作ってそちらを保存してやらないといけない。やれロックを解除しろ、やれ複製を作れと、なにかと指図される。
何も考え無しに作業をしているわけではないのに、いちいちウルサイのだ。
こちとら、ロックなんぞした覚えがないのに勝手にロックしておいて、最後には保存するのかと聞いて来やがる。
書類の保存場所によては、バージョン保存が出来ないなど、その全貌を掌握する手間を考えると、ちと面倒だ。
要するに、タイムマシーンでバックアップされていない領域で作業なんかするな、と言いたいのだろうが大きなお世話だ。
●設定項目における矛盾および不一致
今回から新設された、整頓順序・並び順序・表示順序というのが、不可解極まりない。
・整頓順序(表示メニュー)
・並び順序(表示メニューおよび表示オプション)
・表示順序(表示オプション)
メニューバーと表示オプションに上記の項目が分散されているのだが、ご丁寧にもツールバーにも似たような機能のボタンまでがデフォルトで表示されている。ところが、ツールバーの「並べ替え」というボタンは「なし」または「名前」以外を選択すると、そのボタンの名称とは裏腹に並べ替えなどしない。表示方法を根本から変えてしまうのだ。
表示オプションでは、なんと並び順序と表示順序が同時に設定でき、その組み合わせたるや誰がそんな凝った設定をしたがるんだと言いたくなるような、複雑怪奇な設定である。
なおかつ、やっかいなのはメニューバーの整頓順序で選んだ「種類」の並びと、表示オプションの表示順序で選んだ「種類」の並び方は一致しないどころか全く逆である。
加えて、表示オプションでは各ウィンドウのデフォルト表示を設定できるはずなのだが、アイコン表示を選択したつもりでも一度でもリスト表示を選択すると、変更されてしまう。
なんのためのデフォルト設定なのか、まったく意味がない。
一時的な並び替えで使用する並び順序は整頓順序と呼び方を変えてショートカットも、コマンド+コントロール+数字からコマンド+オプション+数字に変更された。
しかし、この並びも表示オプションの設定と一致せず、メニューバーの整頓順序で選択した設定は表示オプションには反映されないので、表示方法に矛盾が発生する。
表示オプションで「並び順序=名前」を選択していても、メニューバーの整頓順序で種類を選択するとそのウィンドウ内のファイルは種類順に並び、表示オプションでの設定は「並び順序=名前」のままである。
コマンド+コントロール+数字のショートカット体系は、呼称の上ではスノレパ同様にメニューバー内の「並び順序」であるが、その実態は表示順序(正しくは表示方法)に他ならない。
いったいどうして、こんな複雑な表示設定を搭載する必要があるのだろうか?
複雑な上にまともに機能しないのでは、だれも使わないだろうな。
また、表示オプションだけでなくアクセス権にも関連していると思われるが、アイコンの並びが設定した状態を維持できないトラブルも何度か遭遇した。
●相変わらず、改善されていない点が多い
ファイルの並び方に関する設定項目の醜さに比べたら、それこそかわいいものだが、長年疑問に思うのが「システム環境設定」の書式に関する設定である。
月日のまえにゼロを着けて桁を揃えたいだけなのに、時刻表示を24時間表示にしたいだけなのに、区切り記号をピリオドに変更したいだけなのに、どうしてあんなに数多くの項目を設定しないといけないのだろう?
こういうところこそシンプルにすれば、設定も楽になるのだが。
どう考えても、バカとしか思えない。
ファインダ上で、漢字のファイル名はダブルクリックで選択できない。カタカナやアルファベットではできることが漢字のみできない。それも、ファインダだけ、なぜできないのだろう?
情報ウィンドウは、オプション+クローズボタンで一気に閉じないのはなぜだろう?
オプション+コマンド+W でできることが、なぜできないのだろう?
Mac OS X 10.3 までは簡単にできていたことが、なぜできないのだろう?
●初期設定での不可解なトラブル
最初にアカウントを作成した直後は、他に何も設定変更していなければパブリックフォルダの共有設定を切ることができるが、共有名を変更したり別アカウントを作成した後では、オフにすることができない。
結果、複数ユーザを設定した Mac にアクセスするとユーザの数だけ「〜のパブリックフォルダ」というのが表示され、鬱陶しいことこの上ない。
この当りも、スノレパでは簡単に出来ていたことだ。
Air Drop のファイル交換も簡単で便利なのだが、相手側も操作してくれないとファイルを送れない。ましてや、ファイルを取ってくることは不可能である。
上記の仕様変更(バグか?)とあいまって、ファイル共有機能は後退したといわざるを得ない。
●MobileMe 関連の非互換性および操作性の悪化
OS X Lion がプリインストールされた機種では、もっとも MobileMe 的なアプリである iWeb がバンドルされていない。
よっぽど使って欲しくないのだろうが、来年6月末までサービスを継続するなら、最後まできちんと対応しろと言いたい。
iWeb のデキも相当悪かったが、OS X Lion 上での iWeb の挙動にはあきれ返るものが多い。
書式が反映されないなどは日常茶飯事で、今回はページの修正状態を正しく認識できていない。わずかにスクロールさせただけで、そのページが更新されたと判断してサイドバーのアイコンが赤にかわる。
最終更新なら無視して保存しなけりゃ問題はないが、複数ページにわたって参照しながら編集した場合などは、何度も無駄なアップロードを強いられる。
仕様ではなく明白なバグであることはわかっているが、おそらくもう修正する気もないのだろう。
なおかつ、キャラリーへの写真アップロードに関して言えば、一枚ずつしか選択できない。Java による選択画面でコマンドやシフトキーを使用した複数ファイルの選択がいっさい出来ないのだ。
スノレパでは可能なため、MobileMe 側の問題でなく OS X Lion の仕様であることは明白なのだが、そんな基本的な機能を削ってどういうつもりなのか全く理解に苦しむ。
ま、単なる嫌がらせなのかもしれない。
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iCloud サービス開始までもうそれほど時間もないはずだが、MobileMe の同期機能でアドレスブックのグループ情報が全く空になってしまうトラブルもあった。
データが消えているわけではなく、登録しているグループから消えただけなので再度登録してやればよいのだが、その数が多いと面倒だし、何かの覚えとしてグループ分けをしている場合もある。
覚えとして登録しているという時点で、その内容を覚えているわけではないのは当然だろう。
結局、タイムマシーンの登場となったわけだが、こんな基本的な同期でコケている状態では、iCloud にも一抹の不安を感じないではいられない。
もう先がない MobileMe 関連のサービスに対して、あからさまな嫌がらせを仕掛けてくるアップルである。
誠に腹立たしくも、いまいましい iWeb と iDisk であるが、こうなったら意地でも OS X Lion で MobileMe 関連のサービスを最後の最後まで使い切ってやろう思う。
それが、せめてアップルに対する嫌がらせになるのなら、なにより幸いである。

2011年08月某日 Hexagon/Okayama, Japan

[2011.08.04] ライヨン:その後のあと〜より転載&加筆修正