2015年2月4日水曜日

因美線:鳥取方面・後編

因美線、鳥取方面の後編である。

そろそろ、DP3 Merrill のファイル番号が上限に近づきつつある。

以前、シグマのサポートにも問い合わせたことがあるが、ファイル番号が 9999 まで行ったら、0001 に戻ってしまう仕様らしい。

このままでは、ファイル管理上連番を維持できないので、何らかの対策を講じる必要があるが、最初から5〜6桁にしとけよな、と思う。

DP3M10001 というのが、まあ真っ当だろうが、そのためには毎回リネームをしなければならない。フォルダアクションやスクリプトで行う方法も考えたが、面倒だし、そこまで凝っても仕方がない。

幸いなことに、ヨセミテのファインダには以前紹介した、リネーム/リナンバ機能が標準で備わっているので、それを使ってみようと考えている。

「テキストを置き換える」という機能で、”DP3M” → “DP3M1” とすれば、何十枚何百枚のファイルでも、一発で置換えが可能なので、それほど手間はかかるまい。

要するに、この2年ほどの間に1万枚近い写真を撮ってきたわけで、何事もカウンタが一周して、リセットされるのは感慨深いものだ。

思い起こせば、DP3M の記念すべき第一ショットは我家の愛猫達のピンボケ写真。ある程度覚悟の上で購入したのだが、最初は当時メインで使っていたオリンパス E-420/620 とのギャップに戸惑いは隠し切れない。

撮って出しはイマイチ過ぎて現像の手間はかかるし、データはバカみたいにでかいしバッテリはすぐ切れる。とにかく何もかもが厄介なカメラで、これで画質が悪けりゃ間違いなくドブに放り込んでいる。

また、解像度もぱないので、その画質を生かそうとすればブレていない写真を撮るだけで一苦労だ。それまで、如何にいい加減な構え方をしていたのか痛感した次第であり、本来の解像感を実感できたのは、使用開始からほぼ一週間が経過した頃だ。

ちなみに、その1ヶ月後に追加導入した、DP1 Merrill も6千枚近く撮ってきたし、1年後の DP2M でさえ既に4千枚を越えているので、トータルでは2万枚ほどになろうか。

今ではもう、このシリーズ以外には全く興味を示さない体になり果てたので、後継機種も覚束ない現状では DP Merrill 三姉妹、まだまだ頑張って貰わねばならぬ。

で、後編は郡家駅から南へ向かう若桜鉄道若桜線だ。

実は、若桜鉄道のことはあまりよく知らない。

帰ってから調べてみたのだが、もとは国鉄当時に、「鳥取県郡家ヨリ若桜ヲ経テ兵庫県八鹿附近ニ至ル鉄道」として予定されていた若桜線だが、若桜から先は着工されなかったようで、このあたりは智頭線と似ている

国鉄再建法施行に伴い、第1次特定地方交通線に選定され、西日本旅客鉄道の若桜線となってから廃止された。その後、鳥取県などが出資する第三セクター方式の若桜鉄道株式会社(わかさてつどう、Wakasa Railway Co., Ltd.)が引き継いだものらしい。

観光案内などで見かける、明るいイメージが漠然とあったせいか、実際に訪れてみた印象はずいぶんと異なったものである。まあ、季節も天候も良くない上に、気紛れで平日に来て勝手なこと言われても困るだろう。

だが、こちらとしても観光地にはあまり興味がないし、実際の公共交通機関として見ておきたいという要望もあって、結果的には正解であったろうと思う。

ちなみに、若桜鉄道が運営する全列車が各駅に停車する普通列車であり、半数以上は郡家駅から因美線に直通で、鳥取駅まで運転される。

若桜鉄道の保有車両は2形式4両、その内の1両がWT3300形、残り3両がWT3000形で、開業時に投入したWT2500形を更新改番した軽快気動車である。いずれも、例の新潟鐵工所製(NDCシリーズ)の18m級タイプでサイズ的には、キハ120 よりも井原線の IRT355形に近い形式だろう。

機関はDMF13HZ(330PS)で、横形直列6気筒12.7リッターの直噴式エンジンで、智頭急行のHOT3500に搭載される、コマツディーゼルの SA6D125H形エンジン(DMF11HZ系)と並んで、多くの気動車に搭載されている。

北海道などでは、インタークーラーを装備して460psまでパワーアップした形式(N-DMF13HZH/N-DMF13HZJ)などもあるらしく、かつてのキハ40系に採用されていた DMF15系と比べても、わりと高性能なエンジンで、…余談である。

若桜線の起点となる郡家駅で見かけたのは、さくら4号という名前がついた WT3000形のひとつ(WT3004)で、鳥取からの普通列車(1335D)だ。

白っぽい明るい塗装に、漫画が描かれたおちゃらけな車両だ。こんな雨の日でなけりゃ見え方も違うのだろうが、汚れが結構目立つ上に所々塗装も剥げており、少しみすぼらしい感じがする。

おそらく、若桜線からは JR 西日本の乗務員と交代するのだろう。ホームには、交代の乗務員も待機していた。

カメラの時計を合わせるのをまたもや忘れて、タイムスタンプは30秒近く進んでいるのだが、実際にも定刻より少し遅れて到着したようだ。よって、1分ほどズレて発車したのを見送ってから、次の八頭高校前(やずこうこうまえ)駅へ向かって移動した。

八頭高校の敷地の東西を挟む形で、因美線と若桜線が通っており、もう少し大規模な学校であれば、校内に駅が存在してもおかしくない立地条件だ。

改札を出たらいきなり校舎だった、というような便利な駅なら雨の日の通学もそれほど苦にならないような気がするが、…。いやいや、つい天気の悪い日は降水確率に反比例して出席率も低下していた、自分の学生時代を思い出して妄想してしまった。

なにせ、蒲田駅からアーケードもない商店街を通って校舎までの僅かな距離が苦痛で仕方なかったし、それ以上に雨の日は、アパートからなんとか東神奈川駅まで行っても、駅周辺に停めた単車のことが気になって早退してしまうことも少なくなかったが、これも余談である。

しかし、現実には郡家駅から僅か900m程度しか離れていないこともあって(たぶんそれだけが理由ではないと察するが)、八頭高校前駅はあまり利用されているようには見えない停車場だ。なんとなく暗く寒々しいイメージなのだが、若い連中の目にはまた違って見えるのかもしれない。

この先、因幡船岡(いなばふなおか)駅へ向かって、若桜線と因美線は行き別れになる。

因幡船岡駅は1面1線の単式ホームで、昭和の初期に建てられた木造の駅舎と、その古めかしいホームの石積みは確かに印象的で、若桜線のその他の駅と同様に、国の登録有形文化財にもなっている。

だが、昭和の香りがする建物の半分は、不釣り合いな白っぽい壁で、アルミサッシもふんだんに使用されており、昭和といっても建築当時ではなく、高度成長期の昭和40年頃(1965)の雰囲気が漂っている。

因美線の知和駅や姫新線の岩山駅のように、あくまでも私見だが、もう少し景観に配慮した文化財に相応しい演出も欲しいところだ。

演出といえば、駅舎からホームへ出ようとした時、改札付近に複数の人影が見えた。ホームからの撮影は、遠慮しようかとも考えたのだが、どうも不動の姿勢から微動だにしない。不審に思い近寄ってみると、縫包みが4〜5体ホームのベンチに置いてあるのだ。

何かの冗談かと思ったが、この後辿る若桜線の多くの駅で、このような縫包みを見かけることとなった。

明るい晴天の日であれば、多少なりとも印象は異なるだろうが、この日は雨模様で空も暗いから、なとなくシュールで不気味な光景であり、あまり良い演出とは思えないのである。

まあ、遠慮もなしに駅舎外観と、ホームからの景観を何枚か撮ってみた。だが、どうもコイツらが気になってイマイチ撮影意欲が湧かないので、次の隼駅あたりで昼飯にしようと思い、因幡船岡駅を後にした。

ところで、なぜか特急も停まる郡家駅近くでは、ついに発見できなかったのだが、因幡船岡駅への入口付近でコンビニらしきものがあったので、何とか懸案の昼飯の調達は叶ったのである。

隼駅にもあの連中は設置されていたのだが、既に予備知識として認識していたので、当初のような驚きはない。二度目のお化け屋敷みたいな感覚で、せいぜい溜息ぐらいしか出ないのだが、この駅には多少趣向の異なる置物もあった。

それは、国鉄12系急行形座席客車オロ12と、北陸鉄道から譲渡された電気機関車(ED301)である。

どうも、個人的にはそちら方面にあまり興味がないので、目の当たりにしてもへ〜、という程度でしかないのだが、隼駅まつりと称されるイベントなどもあって結構盛り上がっているらしい。

隼駅は、1面1線の単式ホームで少なくとも駅舎外観に関しては、因幡船岡駅よりはマシな維持管理がなされているようだ。

だが、この後回った各駅と同様に、撮影意欲の点ではあまり盛り上がらない。普段、この路線を利用している人達から見て、こういう演出はどうなんだろうねえ。ま、大きなお世話であることは毎度お馴染であるが、…。

昼食をとるため、隼駅から少し離れた田圃の畦道に移動して、駅舎の遠景などを撮ってみる。だが、前述の譲渡車両が辛うじて目立つ程度で、周辺の住宅に囲まれた立地条件ゆえ埋もれてしまい、想定した絵柄とはかけ離れたモノになっている。

その後の、安部(あべ)駅、八東(はっとう)駅も似たようなもので、路線や駅自体はそれなりに魅力はあるのだが、生活の中にある鉄道の景観とは少し違った演出に、違和感を覚えたのである。

駅舎もなく、田圃の真ん中に唐突に位置する徳丸(とくまる)駅の方が、よっぽど撮ってみようかという気にさせる。その印象は、次の丹比(たんぴ)駅、やっと雪景色になってきた終点、若桜駅でも大きく変わることはなかった。

もともと、観光がメインであろう路線に季節外れに訪れておいて、ずいぶん勝手な見解だろうとは思う。

だが、こういった演出も、観光のスナップならその場の状況込みでアリなんだろうが、鄙びた侘・寂感などを求めて地方ローカル線を撮りたい者にとっては、興醒めにもなりえる。

写真を撮ることがだけが目的なら、撮影者の方にもそれなりの演出能力(または根回し)がなければ、なかなか思ったような絵柄にすることは難しい。

おそらく、職業写真家による雑誌掲載など前提とした撮影なら、了承を得た上で一時的に撤去してもらう可能性もあるだろう。しかし、いち個人が趣味の範囲で行う撮影においては、あまり被写体に対して勝手な都合を押付けるわけにもいかない。

写真に地元の生活感なども含めようと思えば、個人的には在るが侭をそのまま写す方が良かろうと考えているので、せいぜい意識的にフレームアウトして見切った結果で妥協するしかない。

それが現実なのだから、あまり「らしさ」ばかりを求めても仕方がない。撮影時点で生の現場に居合わせ、その目に映ったモノとかけ離れた写真に、満足できるとは思えないのである。

そのあたりが、理想と現実のギャップというか、自己矛盾との鬩ぎ合いによって、期待する結果にならない要因だろうと思う。

まあ、そんなわけで後半はあまり満足な結果ではなかったのだが、実は帰り道の心配も多少の不安材料として影響していた可能性もあるのだ。

若桜まで行った後に、同じ道を帰るのはできれば避けたいと考えていたのだが、そのまま国道29号線を南下して、国道429号線へ出ようとすれば、中国地方の分水嶺で最高地点(891m)となる戸倉峠を越えねばならぬ。

往路で利用した、国道373号の志戸坂トンネル付近には、路上の積雪が無いことは確認済みだが、戸倉峠については事前に調べてはいなかったので、果たして無事に峠をこえられるのか一抹の不安があった。

兵庫県の最高峰標高1,510mの氷ノ山(ひょうのせん)は、鳥取県の大山(だいせん)と並んでスキー場も多い豪雪地帯に位置するお山である。なんてったって氷(こおり)の山っちゅうぐらいなんだから、真冬に聞けばそれなりの迫力がある名前だ。

ま、ほんのチラッと麓を掠めるだけで、氷ノ山自体を越えるわけぢゃないから、そんなに構える必要もないのだが、一応補足情報、予備知識として書いてみただけね。

八東川に沿った若桜街道を東方向へ、氷ノ山の麓に向かって進むにつれ道路脇の積雪情報を伝える看板が気になる。が、ここまで来て今さら後戻りなどしては男が廃るので、えいやあ、…である。

最初は、摂氏3度程度の気温を示していた道路脇の温度計も、峠の方へ進むごとに下がっていき、ついに摂氏0度からマイナス表示に変わっていく。

途中、幾つかあるカーブでは心なしかハンドルも軽くなって(凍結で抵抗がない)、バリバリといった音に変わる箇所もあったがコントロールを失う程ではない。

なんとかトンネルまでたどり着いたが、以前と少し景色が違う。トンネルの名前にも「新」が付いているところを見ると、この峠も改修されたのだろう。

後で知ったことだが、戸倉峠トンネル(1955年開通、延長742m)も現在では、1995年開通の新戸倉トンネル(標高731m、延長1730m)となって、積雪により不通となることも少なくなったらしい。

標高はわずかに下がっただけだが、降雪の影響を受けないトンネル区間の長さにこれだけの差があると、その効果も実感できるというものだ。

その後、兵庫県から岡山県に入る、国道429号の志引峠(しびきとうげ)も路上に積雪や凍結もなく、無事に通過することが出来た。峠を下りて振り返ると、夕日に照らされた後山(うしろやま)に霧がかかっており、青空も見えていた。

当初、お手軽な iPhone で撮っていたのだが、ここはひとつ、今回出番が少なかった DP3M で撮ろうとフレーミングしてみる。が、広角の iPhone と同じ場所からではいまひとつパッとしない。いっそ思い切って寄ってやろうと考えて、その場の空地に車を停めた。

わずかに雪の積もった、ほんのり赤く染まる山の斜面を眺めながら、とぼとぼと歩いて坂道を登っていくのだが、時刻は既に午後5時になろうとしている。

せめて、電線に邪魔されないポジションを探してウロ付いているうちに、どんどん山の色が褪せていくのに気がついて、あわてて何枚か撮ってみた。

が、結果は残念なことに手遅れで、ほんの先程まで辺りを照らしていた夕日も西の雲に隠れて陰ってしまい、その後日没まで陽が差すことはなかった。この日の日没は、17時20分頃のはずだが、山間部では山の稜線に沈むので多少早くなるし、西の空が晴れているとは限らないのである。

被写体に対する観察も確かに必要だが、それ以上にタイミングが重要であることを痛感する。基本は、撮り合えず気の向くまま感情に任せてワンショット、構図も考えてツーショット、じっくり観察してスリーショット、といったところだろうか。

と、まあ今回も反省材料には事欠かない因美線:鳥取方面の後半で、全編の終了である。

いずれ、機会があれば郡家から先の因美線、延いては山陰本線などにも思いは馳せてみるものの、なにせ気紛れのみに頼っている撮影行。実現するという確証などは、まったく無い。


…ということで、ヒトツよろしく。
2015年02月某日 Hexagon/Okayama, Japan

http://www.hexagon-tech.com/
[2015.02.04] 因美線:鳥取方面・後編 〜より転載&加筆修正
なお、本家には余談と写真も多数貼ってあるので、こちらもヒトツよろしく

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