2014年7月21日月曜日

スーパーいなばと因美線:其の弐

炎天下に降り立った、米子駅のホーム。

やくもの側を、改札口に向かって歩いている。真夏の照り返しの中、車掌の白い上下の制服と手袋がやたらに眩しい。

発電用のディーゼルエンジンが唸る。排気ガスに咽せながら空を見上げると、そのままフェードアウトしそうになって、発車のベルで我に返る。灼熱の太陽の下で、なにもかもが焼けて溶けてしまいそうだ。

かすかな記憶にあるのは、たったそれだけ。

キハ181系特急形気動車、何度か乗ったことはあるはずだが、ほとんど覚えていない。いや、覚えていないのではなく、思い出せないと言った方が正しい。

そんな季節、米子に何の用があったのか、帰りはいったいどうしたのかなども、まったく思い出せない。それが米子駅だったのか、もっと言えば、はたしてやくもだったのかさえ怪しい記憶だ。

ひょっとすると、すべて夢だっだかもしれない可能性だってある。

それ以前、非力なキハ82系は今でもハッキリ覚えているのだが、なぜかキハ181系に関しては、どうも記憶が曖昧なのである。

最後に乗ったやくもは、おそらく80年代初頭、伯備が電化されて以降は全く乗っていないから、間違いなくキハ181系のはずなんだが。

ま、山陰で目撃したにも関わらず、てっきり夢と思い込んでいた特急「いそかぜ」の例もある。いずれ、思い出す日がくるかもしれない。

キハ187系特急形気動車は、キハ181系の老朽化に伴いその置き換え用として、民営化以降にJR西日本が初めて新製投入した形式である。

個人的に最も好きな気動車、キハ181系を駆逐することが使命で、言ってみれば宿敵である。ローレル賞を受賞したとされるそのデザインも、ぶっちゃけどこがいいのかさっぱりわからない。

一度は、間近に合い見えてみねばなるまいと常々考えていたわけで、親の仇に出会ったような、今回の撮影行でもある。

そんな逆恨み的感情もある、キハ187系特急「スーパーいなば」だ。


上郡駅の入口は、JR線と智頭急行線がかなり離れた位置にある。

ホームに入ればつながっているのだが、駅前広場からは智頭急行線の方は分かりにくい。その上、外から見える駅舎もないので、跨線橋を渡らないと改札口にはたどり着けない。

JR線の改札で、全ての切符が買えるのかどうかは確認していないが、入口を2つ設けている時点で、どうもその可能性は低い。

特急スーパーいなばも、乗客用の出入口が各車両の京都寄りに一ヶ所づつで、2両編成の場合2箇所しかない。パッと見は、鉄板丸出しの近郊用電車のように見えるデザインだが、頻繁な乗降は考えられていない、特急ならではの設計なのだろう。

したがって、京都寄りは乗務員用の狭いドアと並んでいるが、岡山寄りの先頭車両前方には乗客用のドアはない。おかげで、前がよく見える席があるということだ。

上郡駅での見事な進入に気を取られて、交代の乗務員と並んで待っていたら、そこには客室への入口が無いことに気がついた。座席指定券への切替えは、車内でもできることをその乗務員にも確認した。

だが、コイツがまた無愛想な野郎で、こちらに入口がないことぐらい案内してもよさそうなものだが、それはまるで自分の仕事ではないかのような態度である。

おまけに、乗車と共に2号車先頭車両の最前列へ陣取った途端に、わざと視界を遮る場所に乗務員用のデカイ鞄をを2つも置きやがって、平気な顔をしているのだ。

所属は、JR西日本ではなく智頭急行らしいのだが、その鞄にも名前が書いてあるので、あえて無修正で掲載してやることにした。

途中で、検札に回ってきた車掌に指定席への変更を依頼した。その時によっぽど文句を言ってやろうかとも思ったが、ひょっとして何か規定があって、それに従っているだけの可能性も無いとは限らないのでやめておいた。

岡山駅での特急券の購入や乗客に対する案内、延いては顧客サービスに対する姿勢や、料金体系における会社の営業方針などにもおよぶ不満が一気に爆発しそうなほど、ムカついていたという経緯もある。

過去の苦い経験もあって、そんな状況では、自分の感情を抑えるのは困難であることが明白である。その車掌の返答次第によっては、より大きなトラブルに発展する可能性もあり、その経験則に従いこういう場合は黙って我慢することにしている。

もちろん、車掌の対応には全く問題はなく、指定席券への変更はスムーズに行われた。幸い自由席の乗車率も半分以下でしかない上に、指定席の方は、ほぼ皆無で貸し切り状態でもある。

差額の 100円を支払って、その席へそのまま居座ることに対しても、なんら咎められることもなかったが、もしこの状況で、杓子定規に別の席を指定されていたなら、そのまま大人しくしている自信も全くなかった。

何かと気分を害することが多いのも困ったものだが、いちいち腹を立てていても切りがないので、極力透明人間のように振る舞おう。

指定席車両の岡山からの乗客と思しき2名は、上郡駅の時点ですでに熟睡状態である。どうせ、ガラガラなのに岡山で座席指定特急券を購入したのなら、アイツに騙されたに違いない。

しかし、指定変更された特急券にも座席番号など、何処にも記されていない。追加料金さえ払えば、指定席車両の中では自由席、ってことなのか?座席指定の意味というのは、いったいなんなんだろうね。

ま、そんなこたあどうでも良いのだ。とりあえず、最前列に陣取ったらやることは決まっている。動画の撮影だ。

上郡まで、京都方面向きになっていた座席を回転させて、進行方向に向ける。iPhone をムービーモードにして、前面にある窓ガラスに押付け、横目で運転席を見ると、発車後間もなく速度計は100km/hを少し上回ったところを指している。

かつてのディーゼル特急、機関出力に限れば、DML30HSC (500PS) を搭載するキハ181が上回るが、各車両一基でしかなく総合的なパワーウェイトレシオという点では、付随車も足を引張る。

特に、自分自身の記憶にはそれ以前のキハ82系の印象が強く、食堂車などが連結されたいた時代もあって、走行性能としてはあまり良い印象はない。

だが、このキハ187-500/1500、91t 近い編成重量に対して、コマツの SA6D140H (450ps) を各車両に2基づつ積んでおり、トータルの編成出力は 1800ps のパワーである。加速性能も予想以上だが、登り勾配に達した後もさほどエンジン音が高まることなく、ぐいぐい引張って行くトルク感に溢れている。

あまりにも簡単に加速するので、速度計を見ない限りその速さも感じられない。曲線区間も同様で、全く減速なしに飛び込んで行く様は、地方ローカル線ではなかなか味わえない快感がある。

またこの路線、乗ってみると結構長いトンネルも多く、トンネル内でも勾配が相当変化する箇所も少なくない。山岳区間も曲線やトンネルを問わず、常に平均して 95〜105km/h を維持していた。細かいノッチ操作は暗くて確認できないが、相当急な登りに差しかかっても、我全く関知せずといった感じで、高い速度を維持したまま走り続ける。

iPhone で動画撮影しながら、そんな前景にワクワクして見入っていた。その結果、DP2 Merrill での撮影はおろか、車内の様子や車窓からの風景など全く目に入らないという、あっというまの44分間だったのである。

結局、座席に座ったのはトータルで3分もない。これなら座席指定もいらねえぢゃんとも思ったが、ま100円だし、税込だし、そういうわけにも行くまい。

だが、智頭駅に降り立って冷静になって考えれば、あれもこれも忘れており、何か損をしたような気になってしまったのも事実である。

とりえあえずで買った切符は、ここまでしかない。さて、ここからどうするか、である。

六分後の 08:15 には、向かいのホームに待っている津山行きの普通列車が発車する。だが、これを逃すと 12:51 まで、なんと四時間以上、津山方面へ行く列車はない!という、それはもう恐ろしいダイヤなんである。

というわけで、ほとんど選択の余地などあるはずもなく、すでに入線して待ちかまえていた、キハ120 津山行きの普通列車(675D)に、素直に乗ることにした。

ま、天気は良いし、津山にたどり着いてからその先を考えよう。


…つづく。


…ということで、ヒトツよろしく。

2014年07月某日 Hexagon/Okayama, Japan

http://www.hexagon-tech.com/
[2014.07.21] スーパーいなばと因美線:其の弐 〜より転載&加筆修正

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